「学校にスマホ。あり?なし?」の巻

「学校にスマホ、ありかなしか。」

という、まあまあゆる~いテーマにも触れてみましょう。



 あなたは、率直にどう思いますか。ダメ?OK?



 学校側の人間と、家庭側の人間で、意見は割れそうな感じですが、まあ、理由を考えていけば、大まかな結論は出るでしょう。





「学校には学習に必要ないものは持ってこない」というなんちゃってルールがあるので、スマホをもってくるのはダメだというのが、これまでの学校側の主張でしたが、災害時に子どもとの連絡が取れるようにしてほしいという保護者の要望で「解禁の方向で」となっているらしいです。



 最近の自然災害を考えると、子どもの登下校時に何かあったらと思う親の気持ちもわからなくはありません。



 しかし、スマホを持って来れば、いくらルールを作ったとしても、間違いなく何かしらの問題は起こるので、問題の原因と成り得るものを排除したい学校側は、難色を示すのは当たり前のことです。



 教員をしていた頃の自分なら、「そんな、もしもの話でルールを変えていたら、学校でだめだと言っていることが、何もかも理由をつけてOKになっていくぞ。」と熱く意見したと思いますが、今は現場人でないので、「まあ、いいんでない」とゆる~く思います。





 ただ、それ関連の記事をみていると、またまたおかしな内容のものがありました。



 災害の後、生徒や保護者の勝手な判断で学校に持ち込んだスマホを先生に没収されたというのが良いのか悪いのかというのです。まあ、これは没収が当然でしょうね。



 ルールは、破ったあとに正当性を主張してもダメなんです。それだと全てのルールの意味がなくなるので。



「柔軟な対応があっても」とかよく言うのですが、この対応はルールを決める側が判断することで、例えば、スマホを没収された人は、持って行く前に、「こうこうこういう理由で、スマホを学校に持っていってもいいですか。」と学校に許可を得ればいいのです。それでダメならダメでみんなダメなので仕方なしですし、学校側がかまわないと判断したら、全員にそのことを通知することにより、はじめてOKとなるわけです。



 日本人のモラルのなさの原因の一つは、自分の都合の悪いルールに対して勝手に破る口実を作ってしまうことにあります。



 社会のルールは、一つをとってどうこうではなく、たくさんのルールがリンクしていて、一様にみんなが守ることで、平穏さが保たれています。個人の判断で破ったり、例外を認めてしまうと法治社会は崩れてしまうのです。それは、学校も同じです。



 スマホを持ち込む弊害についてもいろいろ言われていますが、要は機能が多すぎるので、間違いなく問題は起こるでしょう。だったら、いらない機能をそぎ落としたキッズ携帯みたいなのを学校用に開発して、学校入学時に全員にプレゼントなんていいんではないだろうか。卒業時に返却し、リサイクルするということで。



 こどもの安全のためだというのだったら、それぐらいのことは国もできるんじゃないのですか。勉強する気のない子の授業料を負担するぐらいだったら、携帯の一つや二つ与えてあげたら、親も安心でしょう。



 結論出ました。

「保護者および学校との連絡に特化した携帯(GPS機能付き)を全員に配る」です。

 以上。


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