「素質があるかどうかを聞いてくる親と ②つの能力」の巻


 勉強やスポーツを教えていると、時々、「うちの子は、素質(才能)がありますか?」と聞いてくる親がいます。



 だいたいそういってくる親の子に素質は「ない」のですが、大成する可能性がゼロではないと思いたいのが親でしょうから、一応、優しさをもって、答えは濁すようにはしています。



 なぜ「ない」かというと、素質がある子というのは、素人が見てもわかるくらい、飛び抜けてすごいからです。面識のない人に「〇〇君、すごいですね。」と言われたら、可能性はあるかもしれません。(知り合いの人は世辞が入るので参考になりません。)



 そういった子は、環境さえあれば、指導者が誰であれ、その才能を自分で開花することもできます。ですので、現時点でその片鱗が見えないのであれば、可能性は・・・



 ただ、勉強やスポーツには、素質以外に「二つの能力」が影響するので、そのあたりを今回はテーマにします。





 一つは「素直さ」です。



 これは、「教師や指導者に対して」と言うことではありません。



 学習方法や教科書通りに、ということです。

 マニュアル通りにパフォーマンスができれば、人並み以上の結果が必ず出ます。

 しかし、「言うは易し」で、そう簡単にはいきません。



「必ずこうしなさい」と具体的な方法を指導しても、「ここは出るから覚えなさい」と誰でもできることを指示しても、ほとんどの子がその通りにはできません。というより、しません。



 それを意識してしようとする子、そう、素直な子は、自分のもつ能力を十分に発揮できる可能性を秘めているので、学習能力としては素質ありと言えるかもしれません。



 では、「素直さ」がない子はどうするのか。



 例えば、学習においては、小学校や中学校の勉強は、内容的には簡単なので、きちんとやらせれば、だれでもできるようになります。

「きちんとやらせる」

そうです。強制的にやらせるしかないとなります。





 もう一つは、「努力を続けられる能力」です。

 当たり前ですが、努力は決して裏切りません。



 そうでもないという人がいるかもしれませんが、それは人と比べているからです。「素質」と「努力」と「結果」の相対関係は、人それぞれですので、過去の自分と努力後の自分を比較するようにしましょう。



 勉強は努力すれば必ず結果が出るのは論じるまでもないですが、スポーツでも、個人の能力の限界までは努力次第で行けます。



 勝負事では、素質がないものは、素質がある人の何倍も努力する必要がありますが、それもせずに高望みしてもそれは無理というものです。

 素質あるものが怠けて、素質ないものが努力を惜しまなければ、そこに勝機が生まれるという仕組みですので、努力を続けられる能力も、学習能力としては素質だといえます。



 では、努力を続けられる能力がない子は、どうすればいいのか。

 答えは、先程と同じです。





「素質(才能)がなければ、素直に努力し続ける」

 まあ、それが唯一無二の「大成への正道」ということです。