「鹿児島実業高校の飲酒喫煙問題から考えるモラルセンス」の巻

 高校サッカー界の名門、鹿児島実業高校の飲酒喫煙問題がニュースになっていましたが、教育側の立場から言わせてもらうと、中学生・高校生の飲酒喫煙は、そんなに驚くことではありません。「まあ、よくあるよね」といったところです。



 知らない(ふり?)のは大人だけで、隠れてやっている子はその辺に結構います。

 現に先月も、近くの小学校で電子煙草を吸った児童がいると問題になっていました。

 今なんか春休みなので、悪い子たちは結構、好き放題やっていることでしょう。

 



 子どもたちは、大体、興味本位でそういった行為におよびます。

 それが「悪いということだ」ということも、もちろん知っています。

 中には、悪いことをやっているという、スリルを楽しんでいる子もいます。



 この子たちは、「悪いことだからやらない」という結論に至る思考回路は持ち合わせていません。

 これを、僕は「モラルセンスの欠如」と言っています。





 日ごろから、「怒られるからやめよう」とか、「周りに迷惑がかかるからやめよう」といった、悪いことをしたらその後、どうなるかの視点で教育をしているので、こうなってしまうのです。





 日本人は、モラルセンスの乏しい民族です。

 世の中は、「見つからなければいい」「ばれなければいい」という考え方が蔓延していて、それはそのまま、子どもたちの考え方にも影響を及ぼしています。



「悪いことは、悪いからやらない」というのが正解です。





 僕は昭和生まれの人間ですが、昭和の頃は、「煙草を吸っている」なんて言うとかっこよくって、ちょっと目立ちたがりの中・高生はみんな隠れて吸ってました。中には学校で吸っている悪童もいて、トイレで、たばこの吸い殻が見つかることもよくありました。そのため、定期的にニコチン検査を実施している学校もありました。



「禁煙パイポ」が流行って、みんな胸ポケットに入れていた、なんて時代も、懐かしいものです。



 学校の先生も、校外の生活指導には、あまり積極的ではなく、もちろん、ばれると怒られるのですが、問題にならないと指導しないような感じでした。



 中には、「外では絶対吸うな。先生の前でなら吸っていいから。」と言った先生もいましたが、こうなるともう、倫理を教える立場として失格です。



 飲酒も、中学校の頃はみんな隠れて飲んでましたし、高校ではイベントの打ち上げで飲んだりもしていました。そうそう、警察がイベントの後の高校生を狙って検問していたこともありました。クラス会で飲んでいたのがばれて、一日中、正座させられているクラスがあったり・・・。まあ、当時は、そんなもんです。





 平成に入ると、もっと事は悪化します。



 僕の家の近所の高校の学生は、くわえ煙草で自転車にまたがり、学校に行っていました。「こりゃ世も末だな」と思って見ていましたが、その子たちを注意する大人はいません。そうなるとどうなるか。

 やんちゃな輩は、次はドラッグやマリファナへと進んでいきました。



 僕が、高校の先生をしていた時には、ホームルームで、スピード(覚せい剤)などのドラックに手を出さないようにと指導していました。クラブに行くと、簡単に手に入ったからです。

 まあ、バブルに湧き、モラルも何も無い時代でした。





 さあ、いよいよ次の年号は、「令和」に決まりましたね。



 今のご時世、そんなに悪い子はいないだろうなんて思っている人、それは間違いです。人というのは、時代が変わろうとその本質は変わりません。



 大人は、まずは自分たちの時代を振り返り、問題だったと思われることが今も継承されていることを知ることが大事です。そして、それを根本から変えるべく、子どもたちにはきちんと行動学として指導していくべきです。





 最後に、鹿児島実業高校の話に戻ります。



「二度とこういうことがないよう、善悪の判断ができるように指導してほしい」

と、県の担当者から言われたそうですが、この問題を犯した子どもたちは、善悪の判断はみんなできるのです。



 要は、「自制できるどうか」の問題なのだということが、周りの大人は分かっていません。部や学校に迷惑がかかるからやめなさいでは、生徒指導としてはダメなのです。



「モラルはあっても、モラルセンスはない。」

 これが、道徳教育の直近の課題、いや永遠の課題です。





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